娘。物語~Shared world~ 第1話『出会い』 

2009年某月

北海道札幌市。
俺はそこにある1件をカクテルバーを訪れた。
俺がそこを最初に訪れたのは5年前の2004年の10月。
それ以降ここを訪れた事は1度もなく、5年前と同じく妙な緊張を感じていた。
入口から店内を見渡すと客は疎らで、カウンターに若い女性が一人。
あとはテーブル席に年配の男女が一組いるだけだった。
俺は緊張が更に高まるのを感じたが、そのまま黙って突っ立ってるわけにもいかず、店に足を踏み入れる。

「こ、こんばんは」

マスターがそれに笑顔で答える。
以前会った時と同様、朗らかで人の良さそうな雰囲気は相変わらずだと感じた。

「いらっしゃいませ、あっお久しぶりですね」
「えっ!覚えていてくれたんですか?」

俺はマスターが自分を覚えていた事に驚く。
なにせ5年も前に1度だけ訪れただけなので、まさか自分を覚えているなんて想像もしてなかったのだ。

「もちろん覚えていますよ。お客様相手の商売ですから顔を覚えるのは得意なんです」
「凄いですね、僕なんて中々人の顔を覚えれませんよ、マスターと比べれば会った事のある人間の数なんてたかが知れてるのに」
「その内覚えれるようになりますよ」

そんな社交辞令ともとれる会話をしていると店の奥から一人の女性が姿を現す。

「いらっしゃいませ」
「あっ、こんば……」

俺はそこまで言って言葉を失う。
ただの店員かと思ってたが、その人物は俺がよく知る人物だった。
といっても実際に会った事は今まで一度も無く、一方的に知っているだけなのだが。

「こ、こんこん!あっいや、紺野さん!?」
「ははは、こんこんで良いですよ」

その人物は元モーニング娘。の紺野あさ美だったのだ。
思いもしない出会いに俺は口を開けたまま固まってしまった。

「な、何で紺野さんが!?いや…お父さんのお店なんだから別に不思議は無いか……」
「実はバイトの子が急に休む事になってしまったんですよ」
「で、私はたまたま実家に帰ってきてたんですけど、お父さんに頼み込まれちゃって」
「そうだったんですかぁ……いやぁびっくりしましたよ」

俺はモーニング娘。の大ファンで、それは俺を知る者なら誰もが知る事だった。
しかも紺野さんが在籍していた時は特にお気に入りだった。
正確には彼女が卒業する約1年前には別なメンバーに気持が移ってはいたが、それでも彼女の事を好きとう気持はずっと変わらなかった。
もちろん彼女が大学進学を理由にモーニング娘。、そしてハロープロジェクトを卒業した後も同様。
だから1年後に復帰した時は大いに喜んだものだ。

「そりゃあびっくりしますよねぇ」

突然カウンターに座っていた女性が、からかうように声を発した。
それが自分に対して言われてることに気付くのに少し時間がかかったが、女性の方に向き直った時、俺は更に驚く事となる。

「へっ!?に、に、に、新垣さん!?」
「こんばんは」

そこにいたのは紺野さんとは同期で、今も現役モーニング娘。として活躍している新垣里沙。
彼女は3ヶ月前に同期で当時リーダーだった高橋愛が卒業したあと7代目リーダーに就任。
そして今では歴代メンバーの中で在籍期間が最長となっていたのだ。

「あははガキさんを見てまたびっくりしてる」
「ほんとう、声が裏返ってたもんね」
「あっ!す、すみませんっ!」

俺は顔を真っ赤にしながら反射的に謝っていた。
その時の声が更に裏返っていたので、2人は吹き出してしまう。

「あははは、おもしろ~い」
「モーニング娘。に会って緊張してるんだよ」
「こんこんだってモーニング娘。じゃん」
「私は元だも~ん」

2人は完全にツボに入ったらしくケラケラ笑いあっている。
1回りも年下のアイドルにからかわれてる状況に俺は苦笑いするしかなかった。

「あさ美!お客様に失礼だろ」
「あっ、ごめんなさい!」
「いえ、気にしないでください、お陰で緊張が取れましたから」

それは別に彼女を庇ったわけじゃなく本当の事だった。
想像もしてなかった紺野あさ美、新垣里沙との出会いに、つい先程までこの場で心停止するんじゃないかっていうほど心拍数が上がっていた。
特に新垣さんは今一番熱を上げてる相手である。
紺野さんの卒業前に気持が移った相手というのも新垣さんだったのだ。
だが、2人にからかわれたことにより、先程までの緊張が嘘のように消え去っていた。

「へへへ、怒られちゃった」
「そりゃあそうだよ、こんこんはお店の人なんだもん」
「あっでも本当に気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かります」
「あのところで、新垣さんは何でここに?」
「えっ……それは……」

何故か言葉に詰まり、急に暗い表情になる。
何かまずい事でも訊いてしまったんだろうか?
そんな考えが頭を過ぎった。
だがいくら考えてもその答えは見つからない。
すると紺野さんがその場を繕うかのように口を開く。

「オフが取れたんだよね?」
「え、ええ、久しぶりにオフが取れて、たまに旅行でもしないなぁって思って」
「で、私も休みが取れたので里帰りを兼ねてガキさんと一緒に遊んでたんですよ」

俺はそれが嘘だとすぐに分かった。
明らかに取って付けたような理由だ。
だがそれに対し俺は追及する事はしなかった。
誰だって言いたくない事、秘密にしておきたい事はある。
それを追求するほど俺は子供じゃない。
それにこれは訊いてはいけない事のように直感した。
だから俺はそれを信じた振りをして話を続ける。

「じゃあ新垣さんは紺野さんの家に泊まってるんですか?」
「ええ、こんこんのお家にお世話になってます」
「って言っても今日からですけど」
「へぇそれはまた華やかだなぁ」
「そうなんですよ、お父さんも喜んじゃって」
「あはははマスターの喜んでる顔が何となく想像できる」
「ええ、もう華の下伸ばしちゃって大変なんですよ」
「あさ美、聞こえたぞ!誰の鼻の下が伸びてるって?」
「お父さんに決まってるでしょ!」

その瞬間店内に笑いが巻き起こった。
俺に新垣さん、テーブル席に座ってた男女。
それにいつの間にか他のテーブルにも客が増えていて、皆が一緒に笑っていた。

「まったく、父親を笑い話の種にするなんてとんでもない娘だ」
「あはは」
「それよりお客様のご注文は聞いたのか?」
「あっまだだった!」
「ふぅ、誰に似てこんなぼーっとした子になったんだか」
「マスターに似たんじゃないですか?」

思わず俺は笑顔でそう返していた。
おそらく常連と思われる他の客だと思うが、そうだと言わんばかりに相槌を打つ。
そして店内はまた笑いに包まれるのだった。

だがこの時の俺は知らなかった。
今楽しそうに笑ってる新垣里沙の抱えている悩みと心の苦しみを………。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント