ハロー荘へようこそ!第7話『テニスの王女様』

私が記憶を失くしてから10日が過ぎた。
でも一向に記憶が戻る気配すら無い。
記憶が無いというのがこれほ程の恐怖だなんて思ってもみなかった。
自分がどういう人間なのか、どんな人生を歩んできたのか、全く分からないのだから。
だが、私は恵まれているのだろう、あんなにも沢山の素晴らしい仲間がいるのだから。
でも・・・・・。

「はぁ・・・早くもどんないかなぁ・・・」

思わず溜息が出る。
その時不意に声を掛けられた。

「愛、おはよう」
「えっ・・・・あっ、おはようございます」

声の主はこの寮の管理人さんだった。
管理人さんはこの間吉澤さんの蹴った缶が頭に当たるという不運にみまわれた。
その原因は私の記憶を戻す為の作戦の中で起こったのだ。
私のように記憶喪失になるのではと心配したが、何とか無事だったのは幸いだった。

「あ、あの、この間は私のせいで、ごめんなさい」
「お前会うたびに謝ってるな、何度も言ったろ?気にすんなって」
「でも・・・・」
「それにあれは、加減を知らないバカ女のせいだからさ」
「でも・・・あっ!」
「だいたいにして男っぽいんだよアイツ、もう少し女らしく出来ないのかって言いたい」
「あ、あの・・・」
「ありゃあ正体は男だね、絶対股間にナニが着いてんだよ、女のフリしてここに住んでるだな」
「へぇ~そうか~それは初耳だったな~」

管理人さんの背後に、笑顔の吉澤さんが・・・目は全然笑ってないけども・・・。

「・・・・・え~と、せっかくあんな美人なのに勿体無いな~って思っちゃったりしない?」
「そ、そうですね・・・」
「だよなぁ思うよなぁ、はははははは、ほれ笑っとけ笑っとけ!」
「ははは・・・」
「はははははは傑作だなぁ、いやぁはははははははは・・・・・・・・テメェ!コロス!!」
「ははははは・・・・・お、怒ったら可愛い顔が台無しだぞ、ねぇ笑って?」
「ねぇ笑ってじゃねぇ!キ○タマ握りつぶされたいのか?あぁん!?」
「そ、それだけはご勘弁を・・・・・」

まるでチンピラだよ吉澤さん・・・。

   ◇

「いやぁ酷い目に遭った、迂闊な事は言えないなぁ」
「そ、そうですね」
「それよりどうだ?ちょっと出かけないか?」
「えっ?」

それは突然の誘いでした。

「出かけるって何処に?」
「いや、何処ってわけじゃないんだけどさ、そこら辺をぶら~っと散歩でもと思ってな。
 家の中ばかりにいても暗くなるだけだし、たまには外の空気吸うのもいいもんだぞ?」
「・・・・・そうですね、じゃあ行きます」
「よ~し、それじゃ行こう」

   ◇

初夏の日差しを受けながら、管理人さんと歩く。
だが、さっきから私は管理人さんの話に頷いているだけで何も喋ってない。
私も何か話さなくちゃ失礼だよね・・・・・・えっと・・・・・。

「あの、管理人さんはずっとこの街で育ったんですか?」
「いや、小学校の1年の時までは千葉の方にいたんだ。だけど事故で両親が死んじまって・・・、
 他に身寄は爺さんだけだったからさ、小さかった俺を爺さんが引き取ってくれたんだ」

管理人さんの答えを聞いてからはっと気がつく。
そんな事、私は本来知っているはずだったという事を。
もう、何でこんな余計な事を聞いちゃったんだろ・・・。

「・・・ごめんなさい」
「へっ?何謝ってんだ?」
「だって、私その事本当は知ってるんですよね?なのに辛い事を思い出させてしまって・・・」
「別に辛い事だなんて思ってねぇよ、そりゃあ当時はガキだったから毎日泣いてたりしたけどさ、
 爺さんに引き取られて沢山の愛情を貰ったし、それに今は愛も含めた沢山の住人達と、
 毎日を面白可笑しく過ごせているから、俺幸せだぜ」

管理人さんはそう言うと、少年のような笑顔をみせました。

「管理人さん・・・・・」
「・・・・・なあ、その管理人さんっての止めねぇ?」
「でも、管理人さんですよ?」
「そんなふうに呼ばれたら、犬に死んだ亭主の名前を付けてる未亡人になった気になる」
「はっ?」
「いや、言ってみただけだから気にするな」
「はぁ・・・」
「話戻すけどさ、麻琴からレクチャー受けたんだろ?愛は俺の事ずっと武くんって呼んでたんだぞ」
「でも年上の男性をくん付けで呼ぶのは抵抗が・・・・」
「ん~しゃあねぇな~、だったら武さんでどうだ?あさ美みたいにさ」
「・・・それなら」
「よし、じゃあ決まりな」

   ◇

気がつくと随分歩いてきた。
すると少し先からポ~ン、ポ~ンと、ボールが跳ねる音が聞こえる。

「?」
「ああ、あそこの角を曲がったところにテニスコートがあるんだよ」
「テニスコート?」
「そうだ!一汗かいていかないか?」
「ええ!無理ですよテニスなんてやった事ないし・・・・・あ、もしかしたら忘れてるだけかもしれないけど・・・」
「んなのどっちでもいいよ、初めてなら俺が教えてやるし、初めてじゃないなら体が覚えてるって」
「そうですかねぇ?」
「ああ」
「・・・・・じゃあ少しだけ」

こうして私達はテニスをする事となった。
ウェアはまでは無理だったけど、ラケットは借りる事ができて、まずは武さんのコーチから始まる。

「いいか?ラケットはこう握って・・・・・そう・・・・もう少し力抜いて・・・」
「こうですか?」
「うん、そんな感じだ、じゃあ素振りしてみて」
「はい!」

ビュン!ビュン!ビュン!・・・・・

「よ~し良い感じだ、じゃあサーブの練習しようか?」
「はい!」
「俺の方に向かって思いっきり打ち抜いてみて」
「い、いきます!・・・・・えい!」

バシッ!

「お~中々上手いじゃないか、じゃあ続けて」
「はい!」

バシッ!・・・・・・・バシッ!・・・・・・・バシッ!・・・・・・・

「じゃあ次はリターンの練習だ、俺が軽くサーブするから打ち返してみろよ」
「はい!」
「いくぞ~!そ~れ!」

ポ~ンッ・・・・・・・バシッ!

「ナイスリターン!じゃあどんどんいくぞ!」
「はい!」

ポ~ンッ・・・・・バシッ!・・・ポ~ンッ・・・・・バシッ!・・・ポ~ンッ・・・・・バシッ!・・・・・・

「オッケ~!こりゃあ中々なもんだよ、もう十分試合できるぞ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、で、どうだ?楽しいだろ?」
「はい、何か久しぶりに汗かいて気持いいです」
「よしじゃあ1セットマッチで試合だ」
「負けませんよ!」

こうして試合がスタートした。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

「えい!」

「うりゃあ!」

「せい!」

「どりゃあ!」

「てい!」

「ふんりゃあ!・・・あっヤベ!」

「チャ~ンス!え~い!!」

バシッ!!・・・・ポンポンポン・・・・・。

「イエ~イ!ストレート勝ち!!」
「マジかよ・・・・・まさか負けるとは思ってなかった」
「まだまだだね」
「お前はどこぞの生意気なルーキーかよ!」
「ははは、手を抜いてやるからですよ」
「そう思って3ゲーム目からは本気でいったんだよ!なのに結局この様だ・・・はぁ・・・・。
 俺これでも高校の時に県大会準優勝だったんだぞ?それがストレート負けって・・・・・・」
「私が教えてあげましょうか?」
「うっ・・・・・こんな事ならテニスなんてやるって言わなきゃよかった・・・・・」
「今更遅いですよ」
「たしかに・・・・・」
「ははははははは」

なんだか久しぶりに笑った気がする・・・っていってもここ10日の記憶しかないわけだけど。
でも、素直に嬉しかったし楽しかった。
だからその時、嬉しさから回りに気を配ることが出来ないでいたのだ。
隣りのコートからボールが飛んできている事に・・・。

「愛!あぶねぇ!!」
「えっ?」

   ◇

「・・・・・う・・・ううん・・・・・・」
「愛!」
「・・・・あれ?私いったい・・・・・・」

気がつくと私はベンチで寝かされていた。
そうか、テニスボールが頭に当たって気を失っていたのだ。
武くんは私の顔を覗きこみ、とても心配そうな顔をしている。

「大丈夫か?気分悪くないか?平気か?」
「うん、平気・・・・・・ちょっと頭痛いけど・・・・」
「ごめんな、俺がテニスに誘ったばっかりに」
「気にせんでえぇって、テニスやったの初めてやったけど面白かったし」
「そうか、なら良かった」
「それに武くんにストレートで勝ったしね、でも素人に負けるって武くん弱すぎやろ?」
「わ、悪かったな、俺だって訛り全開の田舎娘に負けるなんて思ってなかったんだよ!」
「何言うとんの!私訛っとらんって!」
「全然訛ってじゃねぇか・・・・・・・・んっ?・・・・・訛り?・・・・・・・・あっ!!」
「どうしたん、でっかい声だして」
「愛、俺は誰だ?俺の名前を呼んでみろ!」
「はぁ?何言うとんの、武くん自分の名前も知らんのか?」
「武さんでも、管理人さんでもないんだな?」
「あさ美ちゃんやあるまいし、さん付けで呼ぶわけないやろ?」

何か変や今日の武くん、夏が近いから頭変になったんやろか?
私がそう考えていると、武くんはプルプルと震えて・・・。

「やった~~~!!!」

と私に抱き付いてきた。

「ぎゃあ!ちょっと!何抱きついとんの!!」
「やった!やった!やった!」
「な、何をそんなに喜んどんの!」
「お前自分で気付いてないのか?記憶だよ記憶!」
「へっ・・・・・・・・記憶?・・・・・・・あ~~~!!!!」

今頃になってやっと気付いた、記憶が戻ってる事に。
きっとテニスボールが頭に当たったんが原因なんやろけど、気付くの遅すぎや。

「良かったなぁ・・・そうだ!皆にも知らせなきゃ!今日はお祝いだ!パーティだ!燃えてきた~!!」
「も、燃えてきたって・・・・この人アホや・・・」

子供のように一人盛り上がる武くんに呆れながらも、嬉しく思った。
まるで自分の事のように喜んでくれてるのだから。
でも今回記憶を無くして改めて自分が恵まれているのだという事に気がついた。
あさ美ちゃん、麻琴、ガキさん、他の沢山の住人達、そして武くん・・・・。
沢山の人達に愛されれてると気付けたのだから、たまに記憶喪失になるのも良いかもね。

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